珠玉の山岳サスペンス
2013.11.16 Saturday
このところすっかり寒くなっていましたが、今日は久しぶりに暖かな休日でした。こういう日が1日でもあると本当にありがたいです。
そんなにネタがない上に、このところ夜はあんまりPCの前に座っていられないという事情があってすっかり週一ブログと化してますが
少し前の日曜だったか土曜の朝、朝食を取りながらたまたまラジオで朗読の再放送をやっていたのです。ベテランの男性アナウンサーが読み手でしたが、それが抜群に上手くて、話も面白かったのですっかり惹き込まれてしまい、これは一体誰の何と言う小説なのだろう? と思って調べてみると。
なんてことはない松本清張の「証言」という短編でした。これは、是非とも活字で読みたい、というわけで家族に聞いたところ、持っていたはずが見当たらないので文庫本を買ってきてくれました。わーい。
黒い画集 (新潮文庫)
松本 清張
毎晩、寝る前に少しずつ読んでいたのですが、あんまり面白くて。中でも気に入った数編は3回くらい読みなおしてしまいました。
ラジオドラマでやっていた「証言」ももちろん面白かったですが、個人的には一番最初に収録されている「遭難」が最も印象に残りました。
長野の鹿島槍岳を舞台に繰り広げられる山岳ミステリーなのですが、全編に渡り描かれる登山のシーンがあまりにも秀逸で。登山は昔、ハイキングに毛が生えた程度のものしかしたことがない私でも、高い山や冬山にはこういう風に登るんだ、というのがまるで目の前で見ているかのようにありありと浮かぶ描写の素晴らしさにすっかり惹き込まれました。山頂や途中の場所から見える眺めや山の連なり等、山の魅力が短い文章に凝縮されていて、この景色を生で見たいっと痛切に思ってしまったほど。
恐らく山の熟練者に登山のことなど綿密に取材したのだと思われますが、それがこういう風に活かされるのかと。当たり前ですが、作家の力の凄さをまざまざと見せつけられた気がします。
そこで描かれる人間の心理などは、けっこう怖いモノがあるのですが、主人公の山を熟知した緻密な計画と冷静な振る舞い、そこに至った過程を合わせると、憎いという思いより、逆に感嘆の思いを抱いてしまいました。
「坂道の家」も、あれだけ真面目に切り詰めて財をなした主人公が、いとも簡単にしょうもない女に騙されて転落していく過程が鮮やかに描かれていて、なんとも物悲しい気持ちに包まれる一篇です。
この手の話は、清張の真骨頂という感じですが、さすがにそれなりに長く生きて来ると、何でこんなしょうもない女に騙されるかなぁ、という腹立たしさというかやり切れなさが募りました。でも、こういうことって21世紀になった今でも巷にそれなりに転がっているんだろうな、と思うと時代は変わっても人の心や人間の愚かさってそんなに変わらないものなんだな、と実感します。
清張の魅力って、物語の組立や心理描写の見事さもありますが、地の文の良さが土台にあるからこそなんだなーと。格別に文章が美しいとか、この人にしかない修辞を用いるとかではなく、ひとつひとつの文章に無駄がなく、それでいて大事なことはきちんと書かれているバランスの良さ。
暗い題材が多いので、苦手な人もいるかと思いますが、短編だと割と読みやすいので入門編としてお薦めです。
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