インビクタス
2010.02.07 Sunday
昨日の毎日新聞に掲載されていた映画評に興味を覚え、急きょ「インビクタス〜負けざる者たち〜」を見てきました。
かつて南アフリカ共和国の象徴とも言える存在であったネルソン・マンデラ氏。彼とW杯を題材にした映画であるということ以外は何の予備知識もなく、ただこれは見よう!という思いだけで行きましたが……。
ここまで見終わって清々しい気持ちになれた作品は何年ぶり?というくらいすごくよかったです。
以下、著しいネタバレになりますので、未見の方はご注意ください。
冒頭、1本の道を挟み片方は砂埃が舞う中、裸足でサッカーに興じる黒人の子供たち。片側ではラグビーの練習に精を出す白人たち。その真ん中にある道路を1台の車が通るや否や、黒人の子供たちは誰もが熱狂し、金網にへばりつき通り過ぎる車に向かって歓声をあげる。そんな様子を白人達は「あれは何だ?」と呆然と眺める。
一体、何を描いた映画かすら知らずに見たため、そこに乗っているのが誰でこれはどういうことだろう?と思ったこのシーンが、ラスト近くになるとまざまざと思い出されるという心憎い演出で始まった本作。
アパルトヘイトという遠い昔、学校で習った事柄でしかなかったものが南アフリカ共和国においてどのような苦しみをもたらしたのか、ということが直接的な描写は少ないものの、画面を通してダイレクトに伝わってきます。
ネルソン・マンデラという稀有な存在が、新しい一歩を踏み出した南アの大統領としてやりたかったこと、やろうとしていたことは、黒人のための国家を作り出すことではなく、黒人と白人が互いに手を取り合い、すべての人が誇りを持てる国を作り上げること。
それは口に言うほど生易しいものではなく、長い間虐げられてきた黒人達の白人に対する憎しみは深く、白人は黒人の報復を恐れ、両者の間には尚深い溝が存在する。大統領に就任したマディバがまず最初にやったことは、黒人の方から白人を赦し、歩み寄るということ。前大統領のSPだった白人達を自分のSPとして配置したことに納得がいかない、腹心の部下に「この国の未来の為に我々は変わらなければならない。その第一歩がココだ」と諭す。
多少ぎくしゃくしながらも、協力して警護につく彼ら。
新しい南アを作るため日々奔走するマディバは、国民の心をひとつにする道具として、1995年に自国で開催されるラグビーのW杯に目をつけるが、ナショナルチームのスプリングボクスは、連戦連敗の弱小お荷物チーム。しかもラグビーは白人のスポーツであり、黒人達は皆サッカーを好み、スプリングボクスの試合ではかつてマンデラ自身がそうであったように敵チームを応援するという有様。
象徴的なシーンとして、このお荷物であるスプリングボクスを今や黒人が席巻するようになったスポーツ議会組織は、アパルトヘイトの象徴でもあったスプリングボクスの名前、チームカラー、エンブレムすべてを排除し、新しいものに変えることを満場一致で可決する。しかし、そのことを知ったマンデラは急ぎその場に駆けつけ、それは間違っていると説く。白人のよりどころを奪ってはならない、赦しと慈しみ、彼ら白人が我らにしてくれなかったことを我々黒人がするのだと。
そうして現状のまま、コーチとマネージャーのみを入れ替えたスプリングボクスは来たるべきW杯に備え、国の未来を担うという重責を負い練習を重ねていく。
このW杯自体まったく知らなかったため(唯一、日本が歴史的大敗を喫したくだりのみはそんなことがあったかも、と記憶の片隅にありました^^ゞ)、目の前で繰り広げられていくこれ以上ない感動的なシーンの数々はどこまでが史実でどこからが作りものだろう?とずっと思っていたのですが、最後のエンドロールの冒頭、この作品は史実に基づいて製作され〜という文が表示され、こんな素晴らしいことが現実に起こり得たのか、と改めて感激でした。
実際にラグビーの世界制覇という出来事をきっかけに国中の人々の心がひとつになるまでには、それこそ言葉では言い尽くせないすざまじい試練の連続であり、マディバ自身が身の危険にさらされたことも一度や二度ではないと思いますが、映画ではあえてそこは描かれず。同様にスプリングボクスの選手達が強くなるまでの紆余曲折もなく、さらっとハードな練習をしているシーンが挿入されるのみ。W杯を迎えるまでのマディバとその周辺、スプリングボクスの主将であるピナールと家族たちの様子のみが時間の経過とともに淡々と描かれます。
アフリカーナのための国を作るため、スプリングボクスを勝利へ導くために語られるマディバの言葉ひとつひとつが限りなく優しいけれども重く。何度も涙が頬を伝いました。
中盤、スプリングボクスの選手達が上からの命令で黒人街を訪れ、子供達にラグビーを教えるシーンは圧巻。子供達の無邪気な様子と偏見を捨て楽しそうに子供達を指導する白人選手達の姿にスポーツに国境はない、ということを改めて教えられた気がします。
マンデラ大統領の顔すら既に記憶のない身には、モーガン・フーリマンの素晴らしすぎる演技にすっかり彼自身がマンデラに見えてしまっていたのですが、エンドロールで実際の当時のW杯の映像とともに流れた本物のマンデラ氏の輝くような笑顔があまりに素敵すぎて。いっぺんで虜になってしまいました。
これまであまりいいイメージがなかった南アですが、物語が進むにつれどんどん南アフリカに対する思いがつのっていき、見終わる頃にはすっかり南アびいきになってしまってました。
現在の南アは、残念ながら1995年当時に比べ遥かに治安が悪化しているようですが、再び開かれる今度はかつての黒人のよりどころであったサッカーのW杯をきっかけに今一度人々の心がひとつになることを願ってます。
南アフリカ共和国イレブンの活躍が今からとても楽しみです。
マンデラ氏は黒人なので、劇中彼が話す英語はハリウッド映画のそれとは大きく異なり、日本人やアジア人が話す英語に近く、とても聴き取りやすく、それ故に彼が話す深い言葉の数々が余計心に響きました。心に残る台詞は沢山ありますが、中でもマンデラ氏自身が獄中心のよりどころにしていたというW.E.ヘンリーの詩「INVICTUS」の中の一節、激しい怒りと深い悲しみの向こうには恐ろしい死が待っている、〜中略〜私こそが、我が運命の支配者、私こそが、我が魂の指揮官なのだ というくだりがまさにマンデラ氏の生き方そのもののようで、とても心に残りました。
偉大な政治家として、周囲の人間への気遣い等、素晴らしい人物だと見ている側は魅了されっぱなしのマディバですが、国民の心をひとつにしようと奮闘する彼が、実は家庭には問題を抱えていることがわかるくだりもあり、完璧な人間なんておらず、彼もまた例外ではないのだ、とわかり気の毒に思いつつもほっとさせられました。
演出や名優ぞろいの俳優陣も素晴らしかったですが、この作品は音楽も素晴らしく、それぞれの場面によく合っていて、それも感激を深くした大きな要因でした。映画用に作られた音楽もどれもよかったですが、でもいちばん素晴らしい!と思ったのは南アフリカ共和国国家「神よ、アフリカに祝福を」。決勝の超満員のスタジアムから響くこの曲が流れるシーンは、鳥肌が立ちそうでした。かつては黒人解放を呼びかける反逆歌として、白人は歌うのを禁止されていたこの曲を、黒人・白人関係なくスタジアムの皆が歌っている、それだけでもう胸がいっぱいでした。
W杯って凄い、と思うと同時に日本人としてはとても羨ましいシーンでもありました。もし、この先宇宙に一つの奇跡が起こったとして、日本がサッカー、ラグビーどちらでもW杯制覇という事態になった時、「君が代」が人々の心をあれほどまでに揺さぶることはまずありえない、と思うとかなり寂しい気がします。そもそも「君が代」って国民の為の歌じゃないので、あぁいう一体感はまず望めないのですが(^^ゞ
ところで、冒頭に書いた紙面の批評ではC・イーストウッド監督は同じ黒人大統領であったマンデラ氏のように、と現合衆国大統領であるオバマ氏への思いを込めたのではないか、ということを言われていたのですが。
今日映画を見た率直な感想としては、イーストウッド氏が描きたかったのは、合衆国なんてちっぽけな1国への思いではなく、人が人を赦すことの尊さ、難しさ、それをなし得た時に起こる人智を超えた大きな力が生み出す素晴らしさ。あの時マディバとスプリングボクス、南アの人々が成し得たことは傍から見れば「奇跡」と呼べるものであるかもしれない。けれども、それは決して奇跡なんかじゃなく、そこには明確な意思があり、なるべくして事は起きたのだ。という揺るぎない事実。
だったんじゃないかな、と思いました。そこから何を思うかは見た人それぞれのもの。
題材からちょっととっつきにくそうな印象をもたれがちですが、そんなことは全くなく。先の見えない閉塞感に苛まれた今の時代だからこそ、この映画を見て何かを感じてほしい、と思える1本です。
しかし、ラグビーって本当に過酷なスポーツですね。クライマックスのW杯のシーン、観客の姿に胸を熱くしつつも、肉体と肉体がぶつかりあう様に何度も椅子の上ですくみあがってしまいました。アメフトもかなり激しいけれど、あれはクォーターごとに攻守が入れ替わる上に、一応防具も身につけている分、あそこまでの肉弾戦にはならないし。
映画の内容とは別に「ラグビーは横から後ろへパスを放る」というのもへーそうなのか、といい勉強になりました。
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