命の重さ
2009.08.21 Friday
今日は先月末に読み終えてずっと書こうと思いながら、バタバタしているうちに日が経ってしまった本の紹介です。
シベリア抑留とは何だったのか―詩人・石原吉郎のみちのり (岩波ジュニア新書)
この本を知ったのは、たまたま手に取った雑誌のお薦め本コーナーにて紹介されていたのがきっかけです。読んでみたいというより、何だかこれは読まなきゃという思いに駆られ購入。甲子園に行く車内で読破しました(そういう時に読む本じゃないだろーという突っ込みはこの際ナシです^^ゞ)
強制収容所を生き延びた詩人・石原吉郎は、戦争を生み出す人間の内なる暴力性と権力性を死の間際まで問い続けた。彼はシベリアでいったい何を見たのか? 石原を軸に抑留者たちの戦後を丹念に追った著者が、シベリア抑留の実態と体験が彼らに与えられたものを描き出す。人間の本性、生きる意味について考えさせられる一冊。 本書裏表紙より
シベリア抑留って何だろう? 太平洋戦争の戦いについては、毎年8月が近づくと必ずメディアで組まれる特集を見たり、子供の頃に聞いた校長先生や教頭先生の体験話、或いは子どもとして戦争を実際に体験した父母から聞いたりしてこれまでに少しずつ知ってきました。が、シベリア抑留、と聞いても何となく戦後ソ連で強制労働させられた人々がいたということがわかるのみで、実際にどんなことがあったのかまったくと言って知りません。
恥ずかしながらこの本で取り上げられている詩人・石原吉郎についても初めて聞く名前でした。
そのため、本書で語られることすべてが衝撃的で、こんなことが実際にあったのかという思いがとても大きく。読み終えた後とても色々なことを考えさせられました。
太平洋戦争は1945年8月15日で終結した、というのがこれまでの認識で。それは本当にそのとおりなのですが。でも、このシベリア抑留は1945年9月から始まっています。中国各地や南の島などで戦っていた兵士達が順番に本土へと引き揚げ始めた時に、祖国へ帰るのではなく、見知らぬ国・ソ連へと送られた上に彼らを待っていたのは想像を絶する世界だった…。
それが戦争、敗戦というもので、日本だって戦時中アジア諸国の人々に対して口では言えないようなことをしてきた、と頭でわかっていても、やりきれないなんて簡単な言葉では言い表せない思いがこみ上げてきます。
でも、それ以上に衝撃だったのは、そんな抑留からようやく解放され夢にまで見た祖国へ帰ってきた人達を待ち受けていたのは、温かい出迎えでなく。赤=共産主義者というレッテルを貼られ、故郷の人はおろか家族からさえもある種拒絶される、という現実のむごたらしさでした。
そういえば昔読んだ「蒼ざめた馬を見よ」の中に、とある人がアカと目され尾行や警官の訪問などを受けるシーンがあり、その時はその状況がいまいちよく飲み込めなかったのですが、あのくだりはこういうことを言っていたのか、と初めて理解しました。
文中に紹介された石原氏が残した言葉
<もっとも恐れたのは「忘れられること」であった。故国とその新しい体制とそして国民が、もはや私たちを見ることを欲しなくなることであり、ついに私たちを忘れ去るであろうということであった>
という一説が決して誇張や被害妄想でも何でもなく、現実はそれ以上に過酷であったことに胸が塞がれる思いです。
他にも捕虜たちが乗せられたシベリア行きの貨物車「ストルイピンカ」の壁には平仮名やカタカナで日本人の名前が多数書かれていた、という記述と。シベリアから帰国した方の「名無しで死んでいくのは、”人間”の死じゃない」という言葉が忘れられません。
また上にあげた事柄と関連して、石原氏がヒロシマの平和運動に対して投げかけた疑問。
<私は、広島告発の背後に「一人や二人が死んだのではない。それも一瞬のうちに」という発想があることに、つよい反撥と危惧をもつ。一人や二人ならいいのか。時間をかけて死んだものはかまわないというのか。戦争が私たちをすこしでも真実へ近づけたのは、このような計量的発想から私たちがかろうじて助出したことにおいてではなかったのか 後略>
これにははっと胸を衝かれる思いでした。戦争被害者に限らず、たとえば災害などでも100人が亡くなれば大惨事として取り上げられるけれど、1人の場合はさらっと流されてしまいます。私自身もつい被害が少なくてよかった、と思ってしまいます。でも、その亡くなられたたった1人の人も同じ”人間”です。100人ならとてつもない重さで1人なら大したことはない、と思ってしまうその感覚。それがとても怖いです。
石原吉郎は今から30年くらい前に亡くなられたそうで。今では彼が残した詩集や評論、抑留について語った記録など書店で見かけることは皆無です。
試しにこの本を読んだ翌日、梅田の紀伊国屋書店に行き探してみましたが、本当にどこにもなく。それどころか時期的に太平洋戦争に関する書物が山と積まれていましたが、その多くが沖縄戦や戦争そのものを検証するもので。シベリア抑留についての本はこの本のみで。そのことが余計に色々考えさせられてしまいました。
元々シベリア抑留については、体験した方もあまりに筆舌に尽くしがたい状況、人には決して言えないことなども含め語りにくいのだろうと想像します。でも、だからと言ってそんなことがあったことすら、ともすれば忘れてしまうような今の状況はやはりいけないのではないか。
実際に体験した方々が辛うじてまだ生きている今のうちに、どういうことがあったのかきちんと語り継いで行くことが大切なのではないか、と強く思います。
子供の頃、ソ連という国が何故かはわからないけれどものすごく怖いイメージでした。
ペレストロイカからさほど経っていない時にトランジットで初めてロシアという国に足を踏み入れた時。空港内は薄暗く、天候も悪く。少しだけ連れて行ってもらった市内観光でも、あまり人気のない町並みとたまに見かけた人は何故か一様に黒い大きな犬を連れていて「犬さえも黒くて怖いよ」と思ってしまったくらい。その晩泊ったうらぶれたホテルでも、意味のない恐怖感(汗)でとても熟睡できなかったことを覚えています。
その後、ロシアンスケーターを応援するようになり(苦笑)、ロシアのイメージが一気に怖い国から身近なモノへと変わり。いつかじっくり訪れてみたい国になりましたが。本書を読んであのよくわからない恐怖感は、知らないうちに刷り込まれていた過去の人々が体験したことによるのかも、と思いました。
上手くまとまりませんが。楽しい本ではないけれど、少しでも興味を持った方がおられましたら是非読んでみることをお薦めします。
ジュニア新書のカテゴリーだけあって、内容の重さとは違いとても読みやすい本です。
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