カティンの森
2010.03.15 Monday
昨日は、以前にブログのコメントで紹介していただいた、アンジェイ・ワイダ監督によるポーランド映画『カティンの森』を見てきました。
上映2週目に入ったことや、映画の内容から考えて閑古鳥が鳴いているかと思いきや、日曜の朝から小さいハコとはいえかなりの客入りだったことに軽い驚きでした。
カティンの森、と聞いても日本人にはなじみが薄い人が多いかと思います。若い世代では、歴史の教科書にも記述があるそうですが、まだ東西冷戦下が当たり前だった私の学生時代には教科書はもちろん授業でも一切触れられることがなく。恥ずかしながら、これがどういう事件であったのかは今回の映画で初めて知りました。
カティンの森とは第二次世界大戦中の1940年に起きた、ソ連国内のスモレンスクに近いグニェズドヴォ(Gnezdovo)村近くの森で約4400人のポーランド軍将校捕虜・国境警備隊員・警官・一般官吏・聖職者がソ連の内務人民委員部(秘密警察)によって銃殺された事件です。
当時のポーランドはナチスドイツとソ連の両国により国家を分断占領され、戦時中はナチスドイツによりソ連が極悪非道な捕虜虐待を行ったと発表されたものの、ドイツ降伏後に始まったソ連による占領、その後冷戦終了まで続いたソ連の衛星国という状況下では、この事件はソ連ではなくナチスドイツが1941年に行った犯罪である、として国内外に宣伝され、真実を語ることがその後50年(!)の長きに渡りタブーとされてきた恐るべき背景を持っています。
この事件が起きた年が1940年なのか1941年であるか、は映画の中でもキーとなるポイントとして象徴的なシーンがいくつか描かれています。
何故それが問題なのかと言うと、ソ連は1939年9月17日にポーランドに侵攻し、1941年にドイツに侵攻されるまでこの地域を占領していました。
なので事件が起きたのが1940年であると認めてしまうことは、すなわちソ連が起こした犯罪であることを立証することにつながるため、既にユダヤ人虐殺等で数々の虐殺の前歴があるナチスドイツに罪を被せようとしたことが伺えます。
と、長々と歴史的背景を先に書いてしまいましたが。
映画は上に書いた、ソ連によるポーランド侵攻が始まった1939年9月17日から始まります。橋の上、ナチスドイツによる迫害から逃れるため、東へと向かっていた人々は橋の反対側=東からやってくる人々の群れと遭遇。「ソ連の侵攻が始まった。西へ逃げろ」という東からの人々の声で今来た道を引き返し逃げ惑う人々。当時のポーランドが置かれていた、まさにどうにもならない悲劇的状況を象徴するシーンで幕を開けたこの作品は、ポーランド軍人である夫(息子)の帰りをひたすら待つ妻、母親など女性達の視点で当時の状況を淡々と綴っていきます。
最初から最後までそういう表現をしても差し支えがなければ、まったく救いのない映画です。
ドイツの敗北でナチスから解放されたと思う間もなく、ソ連の共産体制に組み込まれ、言論の自由さえも奪われる市民たち。
ひたすら待つ夫は帰ってこず、戦後の国家体制の変化により真実を語ることすら許されず。奇跡的にカティンの森の犠牲者とならず帰還が出来た主人公の夫の親友は、親ソ政権下で再建されたポーランド軍に軍人として従事するも、虐殺されたかつての上官の妻からは裏切り者と蔑まれ、皆が真実(事件はソ連の手による)を知っていながらドイツの犯罪という嘘の宣伝をせざるを得ない状況に絶望し、自ら命を絶ちます。
極めつけは、終始後方にいる家族達の描写で綴られていた画面が、殺害された主人公の夫が残した日記の回想という形で、ラスト10分近く実際に殺害されていく将校達の虐殺シーンをこれでもか、と延々繰り返し流されるシーン。そのあまりに正視に堪えない凄惨さに、途中からはその瞬間だけはどうしても目を開けていられませんでした。そして真っ暗な何も映っていないスクリーンから聴こえる「ポーランドレクイエム」。以前、日曜の朝に聴いた時の数倍怖く、けれどもそれまで映画を見てきてしまったことにより、何故この曲があんなメロディー、曲調であるのかわかりすぎるくらいわかりました。ポーランドの人々が歩かされてきた道のり、思いを伝えるには寧ろこれでも足りないと思ったくらいです。その後に無音のまま流れるエンドロール。
こんなに怖いと思ったことはないくらい、怖く。目の前で繰り広げられる過去の現実の絶望的な重さに涙さえも流れませんでした。
アンジェイ・ワイダ監督自身がこのカティンの森事件で父親を殺された犠牲者だそうで。けれども映画の中ではソ連やナチスに怒りをぶつける、というシーンはまったくなく。ただひたすら淡々と当時の状況だけを再現することに徹しています。
どのシーンも印象的ですが、中でもとりわけ印象に残ったのは。
序盤、ソ連に侵攻されたポーランドの街中で掲げられていたポーランド国旗をソ連兵が引き裂くシーン。ポーランドの国旗は昔も今も縦に赤と白の2色。それを真っ二つに引き裂き、赤い部分のみを掲げ、白い部分で自分の靴を吹くのです。それを見せられたポーランドの人々の心情は計り知れないものがあったことでしょう。
もう1つ印象に残ったのが、兄を事件で失った2人の姉妹。姉はソ連体制下で耐え忍び生き抜くことを選び、妹は敢然とソ連に反旗を翻し連行される、という対照的な人生を送る2人。大学総長である姉は、部下の「自由な時代が来れば」という問いかけに対し「ポーランドに自由は二度とない」と呟きます。どちらが正しい、間違っているということではなく。もし、自分があの状況下に置かれたら、、姉、妹どちらの道を選択しただろう?と深く考えずにはいられませんでした。
非常に重い内容を扱った作品なので、見るにはそれなりというか、かなりの覚悟がいる映画です。人類が過去に犯してきた罪を知る、歴史が語らなかった(語れなかった)事実を知る、という意味でも、辛いけれど見なければいけない1本に入るとは思います。でも、お薦めはしません。
ただ、興味をもたれた方は、近くの劇場で上映された時に見てほしいと思います。
昨夜は、さすがに映画の場面が蘇ってきてなかなか寝付けず。おまけに恐怖でぐっすり寝た気がしませんでした
ソ連の崩壊から10年以上がたち、少しずつ闇の中だったソ連邦の真実やスターリンの恐ろしさが明るみになってきてはいますが。それでも大戦中から一貫して悪の象徴として伝えられてきたナチスドイツに比べれば、ソ連がしてきたことはまだまだ世間には知られていません。それだけ長きに渡り、知らされて来なかったということが実際に起きたこと以上に恐ろしいです。
ポーランドという国を、物語以外で実際にある国として認識したのは中学生の頃。ニュースで連帯のワレサ議長が、と盛んに報じていて何のことやらさっぱり??でした。旧東ヨーロッパでは、子供心に東ドイツは自由のない恐ろしい国という認識はあっても、ポーランドは童話や物語に出てきたイメージから勝手にのどかな国を想像していた自分が悲しいと同時に情けないです。それは同じような時期に一斉に民主化運動を成功させたルーマニアやハンガリーなど旧東欧諸国すべてに言えることですが。
社会人になりたての頃、縁あってルーマニアからの留学生をほんの数日お世話した際に彼女が言った「おなかいっぱい食べることは罪悪です」という言葉が今でも忘れられません。
上手くまとまらず、何が言いたいのかわからない文章になってしまいましたが。貴重な作品を見る機会をくださった、どてかぼちゃさんありがとうございました。 平和な日々に生きる喜びを噛み締めたいと思います。
しかし、これで今年に入って映画館で映画を見たのは4本目。自分でもびっくりなハイペースです(^^ゞ 前回のパレスチナを扱った作品と今作と重いものが2回続いたので、さすがに次回は、あまり深く考えずに笑ったり泣いたりできる映画を見たいな。
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